コラム

2013年11月11日

過食症は治せない?-「過食症を治す②」-

過食症は治すのが難しい病気です。

昔は私自身も過食症の本質がわからず、治療に四苦八苦していました。
周囲の先生方に訊ねても、誰も明確な治療法を語ってくれません。
本を読んだり、学会に行ったりしても、どうすればいいのか今ひとつよくわかりません。
そして、助言としてよく言われたのが「過食症は治そうとするのではなく、うまく付き合っていく方法を見つけることだよ」ということでした。

確かに、精神疾患には統合失調症や躁うつ病など簡単には治らない病気があって、「その病気と付き合いながら、よりよい人生を目指していく」という考え方があります。
しかし、この考え方を安易に過食症に対して用いることには私自身、どうしても抵抗がありました。
それはこうした考え方は、全く原因不明の病気に対してやむなく用いるもので、過食症ははたして原因不明の病気だろうか?という疑問があったからです。
また、この過食症という病気が人生そのものに影響する病気だからです。

レベルによって影響の小さなこともありますが、大部分は人生に大きな影響を与えます。
日夜、食べ物と体重のことが気になって、それ以外のことが考えられない。
食べることへの恐怖感から、友達と食事に行くことさえできず、人付き合いができない。
過食して体重が増えると自己嫌悪になってうつになり、ひきこもりが続き、一般的な社会生活が送れない。
自信がなく、ひとつのことにこだわってしまって、ストレスにうまく対処できない。
自分自身が嫌いで、周りの人との心のつながりが感じられず、幸せを感じられない。

このように過食症は人生そのものに影響を与えている病気です。
その病気に対して、付き合っていくものだとしてある意味、あきらめていいのだろうか?
私は治療に携わりながら、ずっとこの葛藤を持ち続けてきました。
その結果、今、思うことはやはりあきらめるべきではないということです。

治療者があきらめていなくても、本人自身があきらめてしまうと、ときに難しいこともあります。
しかし、正しい方法で治療に取り組めば、かなり高い確率で治りえます。
特に、本人自身が何としても治したいという思いがあるなら、ほぼ治しうる病気です。

「過食症は治せない?」という問いかけに対しては、確かに本人の治療への動機付けが低ければ難しいこともあります。
しかし、基本的には「否。過食症は治せる可能性は高い」と言いたいと思います。

 


2013年11月11日

過食症とは何か?-「過食症を治す①」-

「摂食障害」
「拒食症」
「過食症」
20年前のバブル全盛期の頃、こうした病名は、まだごく一部の人にしか知られていませんでした。
今、ほとんどの人はこの病名をどこかで耳にしています。
それはこの病気になる人たちが増え、マスコミに取り上げられるようになってきたということを意味しています。

ここではそのうちの「過食症」について取り上げてみたいと思います。

過食症とはどのような病気でしょうか?
その定義はICD-10という診断基準によると、次のように書かれています。
発作的に繰り返される過食と体重のコントロールに過度に没頭することを特徴とする 。
(1) 持続的な摂食への没頭と食物への抗しがたい渇望が存在する
(2) 患者は食物の太る効果に、1つ以上の方法で抵抗しようとする
(3) この障害の精神病理は肥満への病的な怖れから成り立つもので、患者は自らに厳しい体重制限を課す

要するに、普通では考えられないような量の食べ物を食べてしまう(過食)。
その一方で、「絶対に太りたくない(肥満恐怖)」「普通以上にやせたい(やせ願望)」という強烈な思いのもと、食べたものを吐いたり、下剤を乱用したり、過度に運動に没頭したりして、低体重を維持しようとする。
これが典型的な過食症です。
もちろん、必ずしもこれらのすべての条件を満たさない、ただ過食してしまうだけというような非定型的な過食症もあります。

では、これらの症状を持つ人をなぜ、過食症という病気として見るのか?
あるいは、摂食障害という障害として見るのか?
それがこの病気の理解への第一歩です。

病気ではない一般の人からすると、
「過食をやめられないなんて、単に意志が弱いだけではないのか?」
「甘えているだけではないのか?」
と思うことがあります。

しかし、単なる意志の問題ではなく、甘えの問題ではなく、
“自分でもやめたいのにやめられない”
それが病気と言われる所以(ゆえん)です。
自分の意志ではコントロールできないから病気であり、障害なのです。
自分の意志ではコントロールできないというこの理解こそが過食症を脱するための第一歩です。

大部分の過食症の人たちは自ら苦しんでいます。
自分ではどうしようもできずに苦しんでいます。
それを家族や友人などの周囲の人たち、そして、何よりも医療者が理解することです。
そのときに真剣な治療への第一歩が始まります。
妥協のない真剣な治療の中でしか、治癒へ導く的確な治療法を見つけることはできない。
それがこの病気をなかなか治すことができない理由だと言ってもいいと思います。

 


本当の自分に目覚め、幸せに生きるダイヤモンドの心の医療