努力は報われるのでしょうか?実際に努力が報われ、そのように信じている人もいれば、努力してもなかなか結果が得られず、「いくら努力しても報われることなんてない」と思う人もいます。どちらも本当のような気がします。努力が報われると思っている一部の人は、もしかすると「努力は報われる」という言葉を鵜呑みにしているだけかもしれません。あるいは、努力して成功した体験があるのかもしれません。一方、努力しても報われないと思っている人は、努力しても成功体験を得られず、挫折したのかもしれません。あるいは、いくら努力しても自分の望むような結果が得られなかったのかもしれません。そんなとき、人によっては「それはまだまだ努力が足りないからだ。もっと努力しなさい。そうすれば、努力というものはいつか必ず報われるんだ」と言うかもしれません。しかし、果たしてそうでしょうか。
この世界を冷静な目で見るとそうとは思えません。何かをなすのに努力が必要であるということに異議はないかと思います。にもかかわらず、努力して報われる人と報われない人がいるのはどうしてでしょうか?診察場面でいろいろな患者様と接していると、「いくら努力したって全然いいことがない」と言われる人がいます。確かに、その人を見ていると一生懸命に努力している。でも、その人が言うように報われているとは思えない。そうしたときにその人の言動を見ていると、失礼ながら努力が報われそうな気がしないことがある。むしろうまくいかないことが起こるのではないかという気がする。なぜそんなふうに感じるのかと考えてみると、その人はいつも不平不満や愚痴、人の悪口、恨み、悲観的なことばかり話されている。そのような人がいくら努力しても上手くいくような気がしないんですね。つまり、努力が報われるには、努力の前にどのような思いで、どのような感情で過ごしているかということが非常に重要ではないかと思うのです。例えば、スポーツ選手で超一流になっている人を見ると、とてつもない努力をしていますが、その一方で、そのスポーツが大好きで、愛していて、楽しんでいる。練習では苦しいこともたくさんあると思いますが、その苦しさをただストレスに感じているだけではなく、自ら挑戦してやりがいを感じている。すなわち、その思いや感情がとても前向きでいい状態なんですね。そうした人が努力すると報われるのではないかと思うのです。彼らはその道に向かって努力している姿そのものがすばらしく、その時点で人として既に報われているような気がします。そして最終的にもその人にふさわしい結果が伴ってくるのだと思います。
さらに、こうした純粋な思い、愛の思いで努力をしている人には不思議と運が味方します。努力している過程でしばしば運が味方し、飛躍的な成功が生まれます。一方、不平不満や愚痴、人の悪口、恨み、悲観的なことばかり話されるような人には運が味方することはなく、不思議とこれでもかこれでもかと思うほどに不幸なことが続くような気がします。運を味方につけるか否かもその人の思いや感情ではないかと思うのです。努力が報われるには、その前にどのような思いや感情で努力せんとしているかを確認することが大切ではないかと思います。
もうひとつ「努力すれば報われるか?」ということについて考えてみたいのは、何をもって報われたというのかということです。例えば、偏差値の高い高校や大学を目指して受験勉強に励み、合格をしたのであれば、それは報われたということになるかと思います。しかし、いざそうした高校や大学に入ると、まわりには優秀な学生ばかりがいて、自分が劣等生に陥ってしまうことがあります。そうすると高校や大学に合格した瞬間はとても嬉しかったのに、学校生活が始まると苦しくなってきて、果たしてこの学校に合格して良かったのだろうかと思うようになります。この場合、例えば自分が心からやりたいと思う将来の夢があって、その手段としてそうした高校や大学を選んだのであれば、劣等生になっても前向きに頑張れるのではないかと思います。しかし、親や周囲の人に認めてもらいたいという思いだけで選んだ場合には劣等生になった瞬間、人からどう見られているか、どう思われているかということにとらわれ始め、合格したことで努力が報われたという思いは薄れていきます。むしろ、「何のために努力してこの学校に入ったんだろう」と思うかもしれません。報われるとは何なのか?それは瞬間的な結果だけではなく、努力した結果、幸せに過ごせているかどうかということだと思うのです。そのためには人との比較や人からの評価を得るためではなく、自分が心からやりたいからやるという自分軸で決め、努力することが重要ではないかと思います。自分がやりたいからやるんだという自分軸で努力するときの思いは純粋で前向きであり、そうした思いで積み重ねた努力こそ報われ、幸せな人生に繋がるのではないかと思います。
努力が報われるかどうかには、純粋にやりがいや楽しさ、喜びを感じられ、その目的に対する愛情を持てているかどうか、すなわち、いい思いや感情を持てているかどうかということ、さらにその目標が自分軸で決めたことであるかどうかということが重要であり、やみくもに努力しても報われるものではないというのが現実ではないかと思います。