コラム

他人軸から脱するにはどうすればよいのか?

以前に「あなたの生き方は自分軸か?他人軸か?」「自分軸で生きることの難しさ」というエッセイを書いたことがありますが、今回はその第3弾です。他人軸で生きていると心が乱れがちで、それに振り回されるとこころの病に陥ることもある。だから、他人軸で生きるよりも自分軸で生きた方がいいのではないか。自分軸で生きることができるようになれば、心は穏やかで、まわりの人や出来事に乱されることのない幸せが得られるのではないか。そうしたお話をしました。ただ自分軸で生きている人というのは、幼少時からずっと自分軸で生きている人が多いように思います。一方、他人軸で生きている人は、幼少時のある時期から親や教師、さらに友だちの顔色を見ながら生きるようになり、大人になってからもまわりの顔色や評価を見ながら過ごしているように思います。すなわち、自分軸の人はずっと自分軸で生き、他人軸の人はずっと他人軸で生き、他人軸で生きてきた人がそのことに気づき、自分軸に変わるというのはなかなか難しいことではないかと思うのです。
人というのは一つの癖や傾向性が身につくとなかなか抜け出せないもので、他人軸で生きるという癖も同じように思います。例えば、パートナーに依存している人は、相手の言うことさえ聞いていれば自分を守ってくれるからという安心感を抱いていて、他人軸から抜け出せないのかもしれません。また、他人と比較して自分の方が何か優っているという優越感に浸り、マウントをとるような生き方をしている人もそれが気分が良くて、そうしたことを続けるのではないかと思います。学歴、地位、経済的な豊かさ、容姿、体型などにおいて、「すごいですね~」「さすがですね~」「うらやましい」「やっぱりあなたでないと…」などとほめてもらい、認めてもらえると多くの人は嬉しくなります。これは人間としての本能的な承認欲求ですね。人間には自分を認めたい、自分を認めてほしいという思いがあるので、周囲から認めてもらう快感を得てしまうと、なかなかそこから抜け出せなくなります。摂食症(摂食障害)などもそうですね。自分に自信のない人が、たまたまやせればみんなが認めてくれるのではないかと思い込んだことから、健康な体型に戻ることに異様なほどの恐怖感を抱きくようになり、病的なやせの世界に引きずり込まれるのです。自分軸がなく、他人軸になってしまったことへの歪みがこうした病気をもたらしたと言っても過言ではありません。
こうしてみると他人軸による生き方は“麻薬”のようなものかもしれません。他人が受け入れてくれる、認めてくれる、愛情をくれる、崇拝してくれる。その快感、幸福感が脳にインプットされると、そうしたものを求めて、ひたすらに他人軸であり続けようとします。政治の世界における独裁者という人も自分の生き方を貫いているように見えて、その実体は他人軸なのではないでしょうか。承認欲求が究極にまで強まって、すべての人に承認してもらいたい。だからこそ、わずかでも自分を受け入れない人間を虐げたり、害したりするのかもしれません。
そう考えると、他人軸から脱して自分軸に目覚めるのは実に大きな課題かもしれません。麻薬中毒から脱しようとするとき、麻薬をやめないといけないことは頭ではわかっているわけです。しかし、麻薬が切れると、抑うつ、不安、イライラ、そして薬物への強い渇望に襲われます。このつらさや過酷さは誰にも理解されるものではありません。少しでも早く楽になりたいけれども、なかなかそのときは訪れず、孤独の中でどれだけ耐え続けないといけないのだろうかと思います。そうするといけないことだとわかっていても、薬を使っていたときの快感を求めて手を出してしまうというのはよくあることです。これと同じように、他人からの承認という快感から抜け出し、自分で自分を褒めて認めるという生き方に転換するのは大変なことではないかと思います。自分のことを誰も認めてくれないと感じるときの孤独感、誰にも認めてもらえない自分なんて価値がないと思い込んでしまう他人軸思考による無価値観、さらにそこから湧き上がる抑うつ、無気力、イライラ、怒り、こうしたものと戦わなくてはいけないわけです。否、戦ってはいけないのです。こうしたものと戦おうとしてそこに意識を向けていると、逆に、そのことにとらわれて深みに嵌まります。
他人軸から脱却するには、そうした孤独感、無価値観から意識を離すことです。自分軸の人が持っているような思考パターンに意識を向け、他人に評価を求めないこれまでとは異なった生き方、考え方を身につけることが必要になります。しかし、現実には負けそうになります。苦しくなります。誰かに応援してほしくなります。それでもこうした課題を乗り越えようと思うのであれば、このように考えるとどうかと思います。「あなたはあなたでいいんですよ。例えば、あなたはまだまだ脳も働くし、体も動きます。十分に与えられているのです。そうであればこれ以上、相手にこうあってほしいとかこうあるべきと期待することをやめて、今の自分に与えられている幸せを数えることを心がけてはいかがでしょうか」毎日、そうした幸せに気付いて自分の心を満たせれば、いつも足りないという渇いた気持ちから求めてしまう承認欲求という麻薬から抜け出すきっかけになるかもしれません。