コラム

なぜ自分を変えられないのか?

 人は幼少時から様々なことを学び、成長していきます。そして、成長とともに変わっていくわけです。では、人から教えられれば誰でも同じように学びとり、実践できるのでしょうか。そうではありませんね。教えられてもできない人はたくさんいます。できないのは頭が悪いからでしょうか?頑固だからでしょうか?それとも、努力をしないからでしょうか?根性がないからでしょうか?そうしたこともあるかもしれません。教える側からすれば、いくら教えてもその人ができないとそんなふうに思うかもしれません。また、教えてもなかなかできないとイライラして「君には無理みたいだね」「君の場合はどうしようもないよ」などと言って、その人そのものを否定してしまうこともあるかもしれません。

 みなさんもそうした経験はありませんか?意外とあるんじゃないかって思います。真面目な人ほどそうした言葉を真に受けて「自分はどうしようもない人間なのかな」「生きていく価値もない人間なんじゃないかな」と思い込んでしまうことがあります。そうすると、その人に残るのは相手から教えられた内容ではなく、自己否定の心だけになってしまいます。教える側がそうした言葉を発さなくても、教わる側は自分ができないことで自己否定の心だけが強くなっていることがあります。すなわち、教える側の姿勢によっては人を成長に導けないばかりか、苦しみを与えていることもあるんですね。

 人が教わっても学び、実践できないのにはいろいろな理由がありますが、人の個性による違い、人が本当に求めているもの、人にはそれぞれの学ぶタイミングがあるといったことに教える側が気がつかないということがあります。大部分の人には通常の教え方である程度、学ぶことができるかと思います。ただ一部の人には適さないことがあるんですね。確かマラソンの高橋尚子選手を育てた小出義雄監督、トルネード投法の野茂英雄、振り子打法のイチローを世に送り出した仰木彬監督などがそうですが、普通に見れば特殊なフォームで修正した方がいいのではないかと思われるフォームをそのまま変えないで生かし、その指導によって彼らは表舞台で活躍できるようになりました。これはできそうでできないことです。人は自分ができるようになった方法が最もいいと思いがちで、人にそれを伝えようとします。しかし、その方法でうまくいかないとき、自分の教え方を見直す人はなかなかいません。この人はどのような個性を持っていてどのように導くといいんだろうか。この人の持っているものをどのように生かしてあげるといいんだろうか。そのように視点を変えて、初めて生かされる、あるいは、できるようになる人がいます。このような柔軟な考え方を持った指導者と出会えると本当に幸せですが、そうした縁がなく、周囲からも認められず、否定に耐え続けなければならないこともあります。それは本当につらい時間です。ですから、教える側は自分が上手く教えることできないときにはせめて「なかなかうまくできないのはつらいね」「でも、何とか成長しようと思う気持ちを持っているだけでもいいんじゃないかな」といったふうに寄り添い、認めてあげるのが優しさであり、唯一できることではないかと思います。

 次に、人はみんな同じものを求めていないということを知ってほしいと思います。例えば、歴史上には様々な偉人がいますが、彼らは必ずしも全教科で満点をとるような模範生ではありません。しばしばある才能に特化してずば抜けていて、それ以外のことについては全くできなかったり、あるいは関心を持たなかったりしたということがよくあります。その人が何を求めているのかわからないうちはいろいろなことにトライさせるといいと思いますが、もし本人の求めるものがはっきりとしたら、その求めているものに寄り添って導いてあげるのがいいように思います。個人的に話になりますが、昔、ゴルフレッスンに通っていたときにコーチに「そんなんじゃシングル(ハンディ10未満の非常に上手なプレーヤー)になれないよ」と突き放すように言われたことがありました。「私はシングルなんて目指していない。みんなと楽しくラウンドができるようになるレベルを目指しているのに」と思ったことがありました。このコーチはどんな人も自分と同じレベルを求めていると思い込んでいて、人によって求めているものは違うんだということをわかっていないんですね。

 あと学ぶタイミングというのもあります。このようにしたらいいと教えられてすぐにその通りにできる人もいますが、そのときにそこまで取り組む気になれない人もいます。頭ではわかっていても、心から納得していないとできないことってあるんですね。心の問題を抱えている人がそこから脱するためには自分の考え方を変えた方がいいのかなあと思っても、今ひとつその必要性を腑に落とせず、なかなか自分を変えることができないということはよくあります。人というのは本当に追い込まれないとなかなかやる気が起こらず、人の言葉に素直に耳を傾けて実践できないものです。

 このように、教える側は「人には様々な理由で自分を変えられないことがある」と理解する心を持つことが大切かと思います。「あなたのために教えてあげているのに」と思っていても、実は相手の心を追いつめていることもあるのです。

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