コラム

人は考え方を変えられるか?

 心を病んでいるとき、あるいは悩みの渦中にあるとき、もし自分の考え方を変えることができるならば、そこから脱することができるだろうと思います。そのために、人に相談をしたり、カウンセリングを受けたりします。ではその効果はどうかと言うと、おそらく一部分の人には効果があり、大部分の人には今ひとつ効果がないというのが現実だろうと思います。ちなみに、世間には溢れるほどの自己啓発本が出版されていますが、これらの本が売れるのは、自分の考え方を変えて悩みから脱したいと思っている人が多くいるからではないかと思います。ただ人によって何冊も何十冊も買ってしまうのは、本を読んだときには「なるほど!」と思い、自分が変われそうな気持ちになるものの、いざ日々の生活に戻るとなかなか実践には繋がらず、また同じ悩みの中に埋没するからではないかなと思います。そして、また何か新たな考え方や悩みから脱する方法を求めて、自己啓発本を買うのではないかと思います。

 実際に診療においてもそれぞれの人の個性を見ながらその人にあった助言を心がけていますが、その人の考え方を変えるような助言を行ってそれを聞いてくださる方は10人に1人もいないような気がします。気持ちに寄り添ったお声かけや生活習慣を変えるような助言には耳を傾けてもらえますが、根本的な考え方を変えるような助言を聞き入れて実践して下さる方は本当に少ないように思います。むしろ次の診察のときに実践している人の話を聞くと思わず「素直に聞いてくださって実践しようとされているなんてすごいですね」と言ってしまいます。意外かもしれませんが、それくらい少ないんですね。人は共感してもらいたかったり、慰めてもらいたかったりしますが、これまで築き上げた自分の考え方や価値観に縛られて、自分の考え方を変えようとすることはできないものなんです。

 ちなみに、人は年齢とともに「私はこういう考え方をしているこういう人間だ」という自我が強くなってきます。10~20才代くらいまではそれぞれの個性に応じた気質はあるものの、まだはっきりとした自分というものがなく、周囲の人の言葉を素直に受け入れる柔軟性があります。ですから、一見、どのようなマイナスの考え方をしていようとも、180度転換して前向きで愛に満ちた考え方に変わることがあります。それが30~40才代くらいになるとかなり自我というのが固まってくるので、20才代くらいまでの人のような大きな変化をもたらすことは難しくなってきます。ただ部分的には新たな考え方を取り入れる余地はあり、人として成長していく方もおられます。では、50才を超えて高齢になってくるとどうなるか。基本的に考え方を変えるというのは本当に難しくなります。それまでの人生でいろいろなことがあったとしても何とかそこまで生きてきた自分というのがあり、よく言えば、何とか自分を維持するだけの力は持っており、悪く言えば、自分の考え方が固まってしまい、自分の考え方とは異なる人の言葉が全く入らなくなります。もし考え方を変えることができる人がいるとすれば、それはよほど素直で、心が若々しい1万人に1人くらいのすばらしい人です。

 人にはどのような人にも、その心の奥に明るさ、優しさ、素直さ、前向きな思い、正直、勇気、喜び、向上心などのすばらしい性質を秘めた本当の自分があります。ですから、偽りの自分の思考に支配され、心が病んだり、悩みの渦中に陥ったりしてもそれを取り除き、本当の自分に目覚めれば、自分にとって望ましい考え方に切り替えることができます。理屈はそうなのですが、ここまで述べたように人というのはなかなか考え方を変えられません。何かに寄りすがっても、自分のものの考え方は変わりません。自分の考え方を変えられるのは自分だけですし、そのためには素直さと、考え方がいかに人生に影響を与えるのかということを腑に落とすことによって自分の考え方を変えていこうという非常に強い動機付けを持つことです。

 考え方を変えるために最も大事なのは次の二つのことだと思います。ひとつはどのような人と付き合うのか。人間関係は逃げられないこともありますし、付き合う人を選ぶようになると孤独になってしまうこともあるでしょう。それでも、自分にマイナスの影響を与える人たちとは距離をとることです。そして、たったひとりでもふたりでも自分にプラスの影響を与えてくれる人との交流を深めることだと思います。普段付き合っている人は自分の合わせ鏡ですから、付き合う人が良くなると自分の考え方にも必ずいい影響がもたらされます。

 もう一つは自分の言葉を変えることです。愚痴や不平不満、何かにケチをつける言葉、人の悪口、恨みや怒りの言葉、そうした言葉を発していると、心はますますそうした思いに支配されるようになってきます。一方、心の中ではそのように思えなくても、感謝の言葉、自分を褒める言葉、人を褒める言葉、親切な言葉、前向きな言葉を発するように心がけていると、無意識のうちにその言葉の影響を受けて考え方も変わってきます。頭の中で考え方を変えようと思っても結局は堂々巡りをしてしまい、何も変わらないということが多いかと思いますが、自分の発する言葉を変えると自分の考え方が変わってきます。元プロ野球選手の松井秀喜氏の座右の銘に「言葉がかわれば態度が変わる、態度が変われば習慣が変わる、習慣が変われば心がかわる、心がかわれば自分が変わる…」というのがありますがその通りで、「言葉が変われば心が変わり、自分が変わる」のではないかと思います。

月刊 『公営企業』 | 一般財団法人 地方財務協会
https://www.chihou-zaimu.com/koueikigyo