コラム

受け入れる心とあきらめない心

 こころの病は、その最中にあるときには本当に不安だったり、苦しかったりして一刻も早く脱したいものだと思います。比較的速やかによくなることもありますが、しばしば治療には時間を要し、病によっては一生付き合っていくことを余儀なくされることがあるのも現実です。ただそうした中で、その病はその人が何かを学ぶための課題であることも多いような気がします。

 実際に人がこころの病に陥ったときには、2つのことがしばしば課題になるように思います。ひとつは、本人がこころの病になったときにその現実を素直に受け入れられるかどうかということ、もうひとつは病気から脱するためにあきらめずに治療に取り組むのか、それとも、ある程度あきらめて病気と付き合っていくのかということです。

 人によってはこころの病に陥っても、なかなかその現実を受け入れられません。病気と認められずに自分なりに何とか脱しようとしますが、うつ病であれば治療を受けずに悪化すると自殺念慮が出てきますし、統合失調症であれば幻覚妄想に左右されると日常生活が送れなくなり、入院を余儀なくされます。さらに、摂食障害であれば治療の時期を逸すると一生治せなくなります。その病気を受け入れられないことで自分を見失い、より厳しい状況に追い込まれます。こころの病を受け入れるということは、自分はどうしようもない病気になってしまって、もう終わりなんだということでは決してありません。むしろその逆で、それを認めることによって、そこから脱する機会を得ます。受け入れることでそこから学びを得て成長し、人生の次のステージに進むことが大切ではないかと思います。

 そして、こころの病を受け入れたならば、次に、治療あるいは人生そのものに対してあきらめない心を持つことが大切ではないかと思います。確かに、一部のこころの病や障害はいわゆる完治というのは難しいことがあります。それでもこころの病を受け入れ、そこからあきらめずに自分なりの課題を見つけて学び、成長を目指すことができれば、自分自身が納得できる人生になっていくように思います。

 一方、あきらめなければ本来の自分を取り戻し、こころの病ももっと良くなる可能性があるにもかかわらず、本人も医療者もあきらめてしまい、それ以上の改善を阻んでいる場合があります。私の場合、こころの医者になったのは患者様にはこころの病をきっかけにより幸せな人生を生きていただきたいという思いからでしたので、治療困難なこころの病の患者様に対してもあきらめないで治したいという思いが強くありました。ですから、他の医療者が「その人はこれ以上どうしようもないよ」と言われる患者様であっても、何とか良くすることができないかと考え続け、それを治療として実践し、その結果、奇跡のように良くなった患者様たちもいました。あきらめない心があったからこそ患者様の人生に変化をもたらすきっかけをつかむことができたような気がします。

 ただ経験を積み重ねると、そのあきらめないかかわりはときに、自分のエゴを押し付けているだけで、患者様によってはそこまで望んでいないのに無理に治療に巻き込んでいることがあることに気がつきました。不思議に思われるかもしれませんが、患者様によっては今の状態がしんどくて治したいと思っていても、何が何でも治したいかというとそこまでの努力はする気にならないという人は意外に多いのです。「治すためにはこういうふうにするといいですよ」と言っても、「そこまでするのは面倒くさい」、「そんなことをしている暇はない」などと思われてなかなか行動に移されないことはよくあります。人にはそれぞれに学ぶ時期があり、その時期でないときにこちらが一生懸命に話しても、悪く言えば余計なおせっかいに過ぎず、不快感さえ抱かせることがあります。ですから今では治療をあきらめていなくても、患者様が心から何とかしようと思うときを待つこともあります。

 何をどこまであきらめないで、どこまで一定のあきらめとともに受け入れた方がいいのか、その判断は非常に難しいところがあります。このあたりの判断は病気によっても異なりますし、患者様がどこまで求めるかによっても異なります。医療者が患者様の求めるものを理解して、どこまでかかわるかも難しいところがあります。

 心の病の最中にいるとき、もし現状でい続けることが嫌になったならば、自分の課題は何だろうか、そこから何を学べばいいのかを考えるといいのではないかと思います。自分でわからないときには人から助言を受け、医療者が助言してくれるのであればその言葉に耳を傾けてみるとどうかと思います。その中でこれこそが自分の課題かなと思うことがあれば、行動に移すことです。結果がいつ出るかは天命に任せ、あきらめずに自分のできることをただただやり続けることです。もし、その取り組んでいる行動が的確であれば、気がつくと病はさらに良くなり、自分自身も成長して変わってきていることに気がつきます。

 こころの病になったときは、まずはそれを受け入れ、心の平静を取り戻すことです。さらに、そこからあきらめずに、ゆっくりでいいので自分の課題として学べることを学び、人として成長し、病を少しでも良くすることです。受け入れる心とあきらめない心のバランスがとても大切で、この2つの心を持ち続けている人には時間が味方し、こころの病も人生もよりよきものになっていくように思います。

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