いずみハートクリニック

コラム

2013年11月11日

摂食障害の暗闇

摂食障害の暗闇がどれほどに深いものか。
それは筆舌に尽くし難いものがあります。

今、この瞬間にも多くの摂食障害の人たちが暗闇の中に沈み、誰にもその心を理解してもらうことなく、孤独の中にいます。
どれほどに心の中で助けを求めているか?
それを理解する人はほとんどいません。
身近な親や友人であっても、その心はなかなか理解できません。

ときには、病気の心に洗脳されてしまって何も感じないような状態となって生きている子もいます。
そんな子は自分の心を「人形の心」「ロボットの心」「氷の心」と表現します。
でも、そうした子も「もし、誰か自分の心を理解し助けてくれる人がいるなら…、助けを求めて叫びたい」心の奥深くにはそうした気持ちが潜んでいます。

もちろん、摂食障害にもピンからキリまであります。
軽い状態の摂食障害だってあります。
だから、子どもが摂食障害になったからと言って、深刻に考え過ぎるのは良くありません。

ただ深刻でなくてもいいですから、真剣であってほしいと思います。
この病気はその本質と性質を知るならば、決して、決して気を緩めてはなりません。
気を緩めると、病気の心はアメーバのように無限に広がります。
そうして、いつの間にか本当の自分の心を覆いつくし、本人は自分自身を見失うことになります。

それはまさに、
“摂食障害という悪魔に憑依され、洗脳された状態に陥っている”
と言っても全く過言ではありません。
その先に待っているのは、絶望的な人生と死だけなのです。

だから、だから、摂食障害の子に対しては全身全霊でもって関わる必要があるのです。

摂食障害は大きな軍勢と同じです。
それに立ち向かうには、本人だけの力に委ねていてはほとんどの場合、太刀打ちできません。
人間を見つめ、摂食障害という病気の性質を知っている治療者のリーダーシップのもと、両親や医療スタッフなど多くの人が手を取り合って、戦略的に取り組んで、ようやく立ち向かえる相手なのです。

摂食障害の子がいたら、とことんその子と向き合うことです。
病気の重大性を真剣に学習して、学ぶことです。
そして、その子に対しては病気だけを見るのではなく、暗闇に覆われたその心を見つめてあげることです。

暗闇の心が見えたときには、その暗闇に圧倒されそうになるかもしれません。
でも、まずはそれでいいのです。
圧倒されそうになったということは、それだけ真剣に見つめてあげているということです。
その上で、もう一度自分を奮い立たせ、決してあきらめずに立ち向かっていくのです。

摂食障害の子への関わりと治療は、
「摂食障害の心の暗闇をどれだけ見ることができるか」
ということにかかっています。
この暗闇を見ない治療者や親は摂食障害を軽い病気として流してしまい、治療的な関わりをすることができません。
その間に、その子は沼の底に落ちていくように、絶望の人生に向かって着実に歩みを進めてしまいます。

摂食障害の暗闇を見つめ、見つめながらも決して逃げない。
その姿勢から摂食障害の治療は始まると思います。

 


2013年11月11日

摂食障害への挑戦

拒食症との子の関わりで挫折を経た後も、思春期外来を担当するという私の役割は変わらず、彼女らとの関わりは続きました。
そのうち、何人かは入院治療などを経てよくなりましたが、大部分の人は治療の見通しの見えないままに、病院を異動することになりました。

摂食障害の治療に携わる場合、医師が異動するというのは良くないですね。
1年以内に良くなる人もいますが、大部分の人は治療に数年を要します。
治療が上手くいってないときには、主治医が変わることで人生が救われることもありますが、着実に治療が進んでいるときに主治医が変わると一気に崩れてしまうことがあります。
他の病気と異なり、主治医によって治療方針が異なっていることがよくあります。
また、主治医の人間性や、主治医との治療関係が大きく影響しますからね。
できれば、医師は先の見通しを持って、主治医を引き受けることが望ましいのではないかと思います。

さて、私の場合はその後、病院の異動が続き、平成11年に滋賀県立精神医療センターに赴任しました。
そこはスタッフ、環境ともに申し分のない他に類を見ないようなすばらしい病院でしたが、実態は、滋賀県下のどの病院においても治療が困難な患者様を一手に引き受けて治療を行うという最終病院であり、そこで私は再び、思春期外来を担当することになりました。

私自身は、医者になって8年目を迎え、医者として働くには全てが整った最高の環境の病院に赴任することができました。
ですから、他の医者が診ることを避けたいと思うような何か難しい病気にトライし、自らの専門として積極的に診ていかないといけないなという使命感を抱くようになりました。

そんな中で、私が選んだのが摂食障害でした。
「なぜ、摂食障害を選んだのか?」と問われると、明確な理由は述べられません。
もしかすると、それまでに出会ってきた摂食障害の人たちの心に、どこかで親和性を感じていたからかもしれません。
いずれにせよ、もう一度とことんやってみようと決意しました。

まず、当時、出版されていた摂食障害の本をほとんど全て読み尽しました。
そして、赴任して2年目に17才の画家志望の拒食症の子と出会ったのです。
この子との出会い、そして治療は私の大きな転機となりました。
この子との治療は、毎日1~2時間、週に5日は診察をするといったもので、とにかくわからないなら、とことん話そうと徹底的に付き合いました。
そして、考え抜いた末に、全く新たな治療法に挑戦したのです。
それは見事に回復するという結果を得ることになりました。
この子自身は今も再発することなく、画家として個展を開くなどして活躍しています。

以後、県内にとどまらず、他府県においても治療困難とされる摂食障害の子たちが私のもとに訪れるようになりました。
そうした子たちとの治療を通して、ともに人生を歩む中で、私自身も摂食障害の本当の病理が垣間見えるようになり、さらに進んだ治療法を構築していくことになりました。

こうして摂食障害への挑戦が始まったのです。

 


2013年11月11日

若き医者としての挫折

大学病院で摂食障害の治療に先の見えなかった私が、次の総合病院で与えられた役割は「思春期外来をやりなさい」というものでした。
未来を担う思春期の子どもの心を支える治療は興味深いものでしたが、思春期医療の主たる病のひとつに摂食障害がありました。
はたして先の見えないまま、私は再び摂食障害の治療に携わることになったのです。

その病院では、上司である先生方から「先生の思う通りに自由にやればいいよ」と言われていました。
その言葉は、自由にさせてもらい、ありがたいようではありますが、実力のない医師にとっては厳しいものがあります。
ほとんど全くわからなかったわけですから、助言や指導をしてほしいのが本音でしたが、上司である先生方も摂食障害の治療に関してはあまりご存じではなかったようなので、止むを得なかったのかもしれません。

そんな私のもとに20才前後のある拒食症の子が訪れました。
診察時にはいつも、つば広帽子をかぶってこられる工藤静香に似た女の子でした。

私のもとに治療を求めてこられたその子に対して、私自身も摂食障害の本を読んだりしながら、自分の思いつく限りの治療を試みました。
しかし、何を話し、何を試みようとも “暖簾(のれん)に腕押し”で通じません。
なぜかその子は私を慕って通院してくれていましたが、一向に改善に向かって導くことはできませんでした。

今、考えれば当然です。
摂食障害の人に対して、そんな思いついたから試みるといった治療が通じるはずなどありません。
摂食障害の病理を知り、その子の心の奥にある本当の問題を見つめ、さらにその奥にあるダイヤモンドの心を信じ、そして、決してあきらめない。
そんな治療の中でしか突破できないのが摂食障害であり、中でもこうした重症の拒食症の人の場合には特にそうです。

その子と関わり、1年あまりの月日を経た頃だったでしょうか?
私は医師として初めて、治療をギブアップしました。
一生懸命に通い続けてくれていたその子に対して、
「今まで僕なりに考えられる治療をやってきたけれど、これ以上、僕には治す方法はわからない。
だから、通院してもらっても仕方ないと思う」
そのように話しました。

すると、その子はさびしく、悲しそうな目をして、
「わかりました」
と言い、それが最後の診察となりました。

今思い出しても、涙が出そうになります。
その子に対しては、本当に申し訳なかったと思いますし、私自身、悔いがあります。
若き医者としての大きな挫折でした。
しかし、この挫折への懺悔の意識が、その後の私に向上し続けようとする意識をもたらし、決してあきらめない医療に挑戦する意識をもたらしたのも事実です。

拒食症というのは、本当に大変な病気です。
ガンよりも治すのが難しいのではないかとさえ思います。
私の友人の医師でも
「拒食症だけはもう二度と診たくない」
という医師がいます。
心の医療に携わる医師は、真剣に拒食症の子の気持ちを思い、その人生を思うなら、自分の感性で助言や指導をするような安易な治療が通用するはずがないことを認識しなくてはなりません。
この子との治療を通じて、私自身もそうしたことを強く認識させられました。

そんな私でしたが、その後、再び摂食障害の人たちと向き合うときが来るのです。

 


2013年11月11日

摂食障害との出会いとあきらめ

摂食障害という言葉を初めて意識したのは、研修医として働き始めてからです。
拒食症、過食症、摂食障害…、それぞれの病気の定義を教わっても、病気の本質がどこにあるのかということはさっぱりわかりません。
雲をつかむようなイメージの中、研修医として何人かの摂食障害の患者様を担当するようになりました。

摂食障害のことをよく知らない医療者が、何とかしたいと思って真剣に関わろうとするならば、その関わり方は2つのパターンに集約されるのではないかと思います。

ひとつは、相手が“いい子”を演じて、診察の場では
「先生の言うように頑張ります」
と言いながら、その陰で病気の心にとらわれて問題行動を繰り返すといったパターン。
摂食障害の人の心がわからないと、そうした問題行動に対して「何で嘘をつくの?」「何で約束を破るの?」といった憤った気持ちになります。
そして、実際には深い理解も技術もないにもかかわらず、医者という権威を盾にして、本人に注意したり、怒ったりするだけの診察。
今思えば、振り返るのも情けなく、何の治療にもつながらない単なる“治療ごっこ”を行っていたように思います。

もうひとつのパターンは、とにかく常識的な会話が通じずに憤る診察。
「もっとご飯を食べないとダメだよ!」
「どうして隠れて下剤を飲んだりするの!」
極めて常識的な助言や指導ですが、彼らにそんな言葉を聞き入れる余地などありません。
「先生、でも、ご飯を食べたらどんどん太るんじゃないんですか?
(肋骨が浮き上がるほどにやせていても)今もこんなに太っているし、○○ちゃんの方が(実際はその子の方が体重があっても)私よりも細くて、あんなにやせています」
先生はそうやって私を太らせようとしているだけなんじゃないんですか」
こんなふうに切り返してきます。
もちろんそれに反論をしても話は全くかみ合いません。
水かけ論になって、最悪の場合、お互い相手に対して感情的になってしまいます。
すると、本人は
「やっぱり私は価値のない人間なんだ」
と思いこみ、悪循環に陥ってしまいます。

一体、どのように関わればいいのか?
当時、指導して下さっていた先生たち自身もいろいろと模索していたのだと思いますが、そうした先生たちから、具体的に納得できるような学びを得ることはできませんでした。
そのため、診察の度に行き詰まりを感じ続けていました。

さらに、当時、その病院で行っていた行動制限療法という治療法。
この療法は、その創始者のように患者様への深い理解とともにやり方に工夫を加えれば、一定の効果をもたらす可能性があります。
しかし、当時の病院のやり方には、患者様への深い理解というものは見えませんでした。

その方法というのは、安易な説明の仕方をするなら、入院と同時にあらゆる行動の自由を制限し、きちんと食事をして体重が500g増えるごとに少しずつ行動の自由を与えるといったご褒美方式の治療です。
ですから、患者さんは病気の心と向き合うというよりは、しばしばその目先のご褒美のためだけに、一時的にご飯を食べて体重を増やす努力をしました。
そのため、体重が増えても、退院して行動制限療法から解除された瞬間にすぐにご飯を食べなくなり、体重を落とし、再入院になります。
あるいは、その行動制限に耐えきれずに、病院を脱走することもあります。
実際、500g増えたから本を読んでもいいとか、部屋から出て病院の廊下を歩いてもいいとか、シャワーの時間を5分から10分にするとか、家族との面会を許可するといったものでしたから、本人にとって論理的に納得できる理由などありません。
患者さんに「体重が増えないと、どうして○○な行動をとったらダメなのか」と訊かれても、こちらからは(ほとんどは一方的にこちらが決めて押しつけたものにもかかわらず)「それは最初に決めたことでしょ」と言って、相手の気持ちを抑え込むような説得しかできませんでした。

こうした現実を見て、大学病院を離れるときには、「摂食障害は治らないものだ」と思い込み、市中の病院に異動したことを今でも思い出します。
実際には私の勉強不足もあって、一部には治っていた人もいたのだと思います。
しかし、大部分の患者さんは良くなっていなかったのが現実だっただろうと思います。
私自身、摂食障害という病気の治療に対して、最初のあきらめがこのときにありました。

 


2013年11月11日

過食症治療を行うための条件-「過食症を治す③」-

過食症の治療を行うにあたって、どのような治療者を選ぶかは重要なことです。
論理だった治療法を知り、治すことへの見通しを持っている治療者と出会わなければ、過食症を治すことは極めて難しいことです。

一方、そうした治療者であっても、しばしば治療がうまくいかないことがあります。
それは治療を成功させるには、過食症の人自身がある条件をクリアーしなければならないからです。
その条件とは何か?
1. 正直に話す
2. 治療者がいいと言うまで治療(通院)を続ける
この2点です。

普通の人が聞くと、当り前のようであり、簡単なことのように思うかもしれません。
ところが、過食症の人にとっては、この2つの条件がしばしば治療の障害となるのです。

「正直に話す」とはどういうことか?

過食症など摂食障害になる人には“いい子”が多く、しばしば治療者の前でも、いい顔を見せようとします。
例えば、治療者から「このようにしてみたらどうかな?」と提案されると、心の奥では「とても無理」と思っていても、「はい。頑張ります」と答えてしまいます。
「前回、お話したことはできたかな?」と訊ねると、本当はできてなくても「はい」と答えてしまいます。

本人は、決して嘘をつきたいわけではありません。
けれども、ダメな患者だと思われたくないのです。
ダメな人間だと思われたくないのです。
怒られたくないのです。
そのためについつい、いい顔を見せようとするのです。

客観的に見ればわかることですが、これでは治療になりません。
単なる“治療ごっこ”です。

もちろん治療者も、過食症の人のそうした心の傾向性を見抜いて言葉を選び、話しかけなければなりません。

けれども、本人自身も治療に臨むにあたって
「どんなにうまくいかなくても、ダメな子だと思われても、正直に話そう」
と決意することが必要です。
過食症をよく理解している心ある治療者であるなら、決してダメな子とは見ません。
見ているのは、その人のダイヤモンドの心であるはずです。

次に、「治療者がいいと言うまで治療(通院)を続ける」とはどういうことか?

本格的な治療を始めると、今まで自分が目をそらしていた自分の問題と向き合うことを余儀なくされます。
治療者は、決して本人を責めることはありません。
しかし、その人がどうしても向き合い、乗り越えなくてはならない問題については向き合うように導きます。
そのときに、治療を続けることに抵抗を感じるようになります。
そして、自ら治療(通院)を中断してしまうのです。

どんなに抵抗を感じても、どんなに苦しく感じても、治療者が差し伸べる手を離さずにつかんでいる人はいずれ治るときがきます。
治療者が治せる治療者であり、あきらめない人であるなら、治るときがきます。
しかし、自らその手を離してしまったなら、その機会を失ってしまいます。

ですから、過食症の治療に臨むにあたっては、この2つの条件を絶対に実行することが必要となります。
これは治療を成功に導くための意外な盲点です。

過食症の人自身がこの2つの条件のクリアーを決意する。
2つの条件の実行を治療者と約束する。
そうして治療に臨むことが治療を成功させるコツでもあります。

 


本当の自分に目覚め、幸せに生きるダイヤモンドの心の医療